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 《旅程表》
 7/19 広島発 9:31(のぞみ8)→名古屋 11:45着 
      名古屋 12:03発(ワイドビューひだ7)→高山 14:19着
      高山(タクシー)→上高地 16:20着
 7/20 10:00〜12:00 河童橋散策 上高地 12:00(タクシー)
     →西穂高口 14:00〜ロープウェイ〜西穂高口
     西穂高口 16:00発8(タクシー)→高山 17:30
 7/21   10:30〜15:30高山散策 
     高山 15:42発(ワイドビューひだ14)→名古屋 18:09着   
     名古屋 18:34発(のぞみ29)広島 20:51着
    旅行記 −−− 2005年7月19日〜21日
 信州へ行って来ました。 

夫の定年旅行です。
 *娘達の名前は、学生時代ワンゲル部だった夫が付けました。
北アルプスからの夕日がきれいだったと長女は茜、梓川のようにきれいな心を持った人になるようにと次女は梓といいます。
出発前日に梅雨明け宣言、旅行3日間の晴天、案内役の親切なタクシーの運転手さんにも恵まれ、良い思い出となりました。

(写真枚数が多い為、時間が掛かる場合があります。)
 やっと高山駅に着いた、とホッとするのもつかの間、予定外の恐怖の初体験が待っていました。
 階段を一段一段上り下りする、キャタピラー付き階段昇降機“ジアメイト”。 到着ホームから改札口へ行くまでに、20段くらいの急な階段を上り下りしなければならないのです。テレビで見たときは、「便利で良いなあ。」と思いましたが、実際に乗ると、高い岸壁から突き落とされるような恐怖感と、宙に浮いているような気持ち悪さで、寿命が縮まる思いでした。 高所恐怖症だからでしょうか…。
 上高地へは自然保護の為、バス、タクシー、許可を得た車しか入れないという交通規制があり、高山駅へ福祉タクシーを予約しておきました。 しかし、車椅子からは楽しみにしていた景色が全然見えないのです。 悔しがるがる私に、タクシー運転手さんならではの、大正池絶景ポイントへ案内してくだいました。降りてみました。 すごーい!手を伸ばせばすぐそこに大正池、向こうには焼岳、穂高連峰です。 思わず大きく息を吸い込んでいました。 隠れ穴場とあって、他には誰もいなく、夫と運転手さんとの3人占め。 すごい贅沢です…。
  上高地のような自然を目的とした旅行は、可能であれば、車の座席へ座らせてもらうのが良いと思いました。 翌日はタクシーを利用し、後ろの座席へ座らせてもらい、景色を満喫することが出来ました。

*自宅発7:30→上高地着16:20 到着時気温18℃、21:30気温14℃
 1泊目の宿は、あこがれの赤い屋根の上高地帝国ホテル。昭和8年、日本初の山岳リゾートホテル。赤いじゅうたんに部屋は屋根裏部屋風。出迎えてくださるホテルマンの格調高くて温かな対応、役割毎に違う制服などなど、不思議の国のアリスになったようでした。部屋からもレストランからも西穂高が見えます。玄関正面には、写真でよく見る巨大なマントルピースがありました。満室でしたが、私達に配慮してくださり、食事の席は優先。夕食はフランス料理。私のは希望通り一口サイズにカットされ、料理が運ばれる度に、「食べにくいようでしたらお申し出下さいね。」と声をかけていただきました。朝食時には景色のよく見える席を準備下さっていました。出来立てのパンとコーヒーのいい香り。夫はりんごジュースがすっかりお気に入り。帝国ホテルでの時間は、私達にとってほんとうに夢のようなひとときでした。娘達の写真を持っていき、部屋に飾って景色を見せてやりました。

 2日目午前中、河童橋周辺を散策。河童橋までは、帝国ホテルから歩いて15分。左手には梓川、河童橋の向こうには穂高連峰。まるで絵画の世界です。梓川は透き通った薄いエメラルドグリーン。流れは勢いがあって、とても力強く感じました。1日中眺めていたいようでした…。

 午後からは、福地温泉、平湯温泉経由で新穂高へ向い、ロープウェイに乗りました。茜の名前の由来の山、北アルプスを見るため、高所恐怖症決死のチャレンジです。 残念ながらガスがかかって、切れ間から、かろうじて山が見える程度。午後からは山の天気が変わりやすいのだそうです。
 少し贅沢かなと思いつつ、午後から半日タクシーを借りたのはよかったと思いました。 ロープウェイの他に、温泉街、テレビで良く紹介される宿、白身がとろとろで黄みが固い“はんたい卵”、地元では名の知れたおいしい涌き水“長寿の水”、高山の街中をガイドマップのようにグルグル走ってくださり、おいしい居酒屋さん、中華そば屋さんなど、いろいろ案内していただいて、得をした気分でした。有意義に時間が使えたように思います。余談ですが、お借りしたタクシーのナンバー、私の誕生日でした。途中で気付きました。些細なことですが、とっても嬉しかったです。

 2日目は高山へ泊。ひだホテルプラザ。バリアフリーに力を入れたホテルでした。夕食は、運転手さんに教えていただいた郷土料理の居酒屋“京や”へ行きました。ホテルから歩いて10分位だったと思います。一歩入ると、民家風造りのどこか懐かしい店内。あったかなおばちゃん達がお出迎えくださいました。夫はよく冷えた生ビール、私は地酒の“山車”を注文。赤カブ、野沢菜、こなすのお漬物がよく合う。何を食べてもおいしい。 こも豆腐、ころいも、山菜、鮎のうるか、お刺身、手打ちそば。そして忘れてはならない飛騨牛と、山の幸、富山湾からの鮮度抜群の海の幸を堪能させていただきました。
 3日目は、ホテル内の美容院でシャンプーををしてもらい、高山の朝市、街中を散策。朝夕は肌寒いくらいでしたが、日中は気温も34℃まで上がり大変暑かったです。朝市で、マユミで出来たかわいいブローチと、木彫り“ほうずき”のネックレスを買いました。そのお店のおばちゃんは、笑顔の素敵なとても明るい方で、置いてある品々まで温もりを増す。なんだか幸福感が漂ってくるようでした。クラフト店では、旅行記念にドアベルを購入。町並みはレトロで、どこのお店もたいてい車椅子で出入りでき、やさしい町並みだなあと思いました。
 夫は麺類が大好物で、味にはちょっとうるさい。高山でお蕎麦とラーメンを食べることを楽しみにしていました。 お蕎麦は昨日おいしくいただいたので、後はラーメン。 雑誌を念入りに見たり、タクシーの運転手さんからもお薦めのお店を聞いていました。私もその為にお腹は開けています。 しかしラーメン屋さんへ、一向に足が向きません。実は夫、とても暑がりなのです。 “暑い、空腹、睡魔、タバコ”にはどうやっても勝てません。高山散策は夫のリクエストでした。 しかしホテルを出た瞬間、照りつける暑さにうんざり。いつもの不機嫌モード突撃。
 町並みには、2、30メートル間隔でベンチが置いてありました。 ベンチを見つけると座っては、タバコを一服、冷たい飲み物、とまるでベンチは、マラソンでいう“夫の給水ポイント”です。 まあこんな暑い中、リュックを背負って車椅子を押して歩くわけですから、さらに暑いはず。髪の毛の1本1本まで汗でびっちょりです。ごめんね。ハンカチで汗を拭く横顔を見ながら、私が歩けたらなぁ、荷物が持てたらなぁ、とため息…。
 というわけで、あれほど楽しみにしていたラーメン、食べる決断がおりなかったようです。目的としているラーメン店は、駅へ行く途中にあります。 雑誌では紹介されてなかった、タクシー運転手さんお薦めの昔ながらの中華そば屋さん“鼓屋”。後悔のないように食べてもらいたいし、私も食べてみたい。 「ほんとうに行くん?」と力のない夫の声。「行こうよ!」となんとか食べさせたい私。重い足取りの中、ようやくたどり着いたら休憩時間(14:00〜17:00)でした。 到着時刻14:20、がっかりです。 “鼓屋”周辺はいいにおいがしていて、気のせいか夫も一瞬暑さも吹っ飛んだような、食べたそうな顔に見えました。

 高山駅で「またあの階段昇降機に乗らないといけない」と、時折思い出しては気が重かったけど、帰りは改札口を出たところのホームで、乗らずにすみました。一安心!と、ビールとちくわを買って電車へ乗りました。ようやく暑さから開放された夫。水切れした草花のように、おいしそうにビールを飲んでいました。 定年といっても、60歳まで仕事は後5年、まだまだ続きます。
 なにはともあれ、ひとまずはお疲れ様!そして旅行に誘っていただいて、ほんとうにありがとう!!
                 
                   2005年8月2日 
追伸
あ、そうそう。私も熱がこもって、どうなることかと思いました。しかし、夫の定年旅行ですからね、良い思い出となるように、と旅行前から気を張っていたし、頼りにしている夫の暑さバテ姿を見ると、弱音なんて言ってはおられません。
 頑張ってみました。が、帰途ではいっきに気が抜け、2週間過ぎても疲れが取れません…。
梓川にかかる河童橋と岳沢 LIVE-Cam  上高地帝国ホテル   新穂高ロープウェイ 

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